松江シティFCは2018年、中国サッカーリーグ・全国社会人サッカー選手権・全国地域サッカーチャンピオンズリーグのタイトルを全て獲得し三冠を達成。この年、同一カテゴリーのクラブに対しては引き分けが僅かに一試合あっただけで、その他の試合は全勝。まさに地域サッカーリーグ界では無双を極め、文句なしの成績で2019年のJFL昇格を決めました。
「初参戦とはいえ2019シーズンのJFLでも松江シティはきっと大旋風を巻き起こすに違いない 」
私はそう固く信じておりました。
しかし実際には最後まで「残留争い」から抜け出せないという厳しい結果に。
開幕前、大きな期待を背負いながらJFLの舞台に立った松江シティは2019シーズンを一体どう戦ったのか。その苦闘をポジション別に振り返ってみます。
目次
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GK編 3人が起用される異例の展開に
一般的にGKというポジションは一度レギュラーが固定されると控えGKが出場する機会はなかなか訪れません。しかし2019シーズンの松江シティはGKに怪我があったわけでもないのに、実に3人のGKがそのポジションを務めました。
開幕から第11節までは正守護神の船川航司朗。ビッグセーブでゴールを割らせない場面は多々ありましたがチームとして失点がなかなか減らず、ホームでのホンダロック戦で6失点の大敗を喫したことで第12節以降は第2GKの守山健二がゴールマウスを守ることになります。
ロック戦の6失点全てが船川の責任ではなかったのですが、おそらくはチームの雰囲気を変えるためにワンポイント的に守山を起用したのだろうと当時は推察しました。しかしこの第12節ラインメール青森戦で松江シティが待望のJFL初勝利を挙げたことで以後も継続して守山がGKを務めることになりました。
守山は第19節のヴィアティン三重戦までスタメンでしたが、第20節の東京武蔵野シティ戦で第3GK池藤聖仁にポジションを譲ることになります。三重戦の守山のパフォーマンスはそこまで不安定だったわけではないのですが、ひとつ気になるプレーがありました。試合序盤、自陣ペナルティエリア内にフリーで侵入した相手のシュートを防ごうと飛び出したもののボールに触れず、そこでクロスを許して先制点を献上した場面です。もしかするとコーチングスタッフはこのプレーを不用意と捉え物足りなさを感じたのかもしれません。
それにしても第2GKを正GKに戻すのではなく、さらに第3GKに代えるというのは異例のことでした。しかしこの池藤の起用は極めて妥当だったと試合を重ねるごとに我々は知ることとなります。池藤のシュートストップ能力は船川・守山と比べて全く遜色なく、飛び出しのタイミングも非常に良い。ハイボールにも強いし、何よりキックの威力・安定力はGK陣の中では群を抜いていました。近畿大から今年松江シティに入団したルーキーながら短期間で第3GKから正GKを務めるまでに成長したことは実に驚くべきことであり喜ばしいことでもありました。池藤は結局最終節までポジションを明け渡すことなくシーズンを終えています。
強いチームは例外なく良いGKを抱えているものです。その要であるポジションをなかなか固定できなかったことが松江シティ苦戦の要因のひとつとして挙げられるのかもしれません。
2020シーズン、GKは池藤と新加入GK・井上亮太との間でまた新たな競争が始まります。松江シティの最後の砦は誰が務めるのか、この選択が新シーズンのクラブの命運を左右すると言っても決して言い過ぎではないでしょう。
DF編 4バックから3バックへの布陣変更
2019シーズン開幕戦は4バックでスタートした松江シティ。CBの1枚は筒井俊でほぼ固定でしたが、もう1枚は多木理音・長谷川翔平・石津優介と様々な選手が試され最良の組み合わせを模索する状況が続きます。
この間失点は依然として減らず、中断前の第17節を終えて33失点。平均1.97失点と、1試合でほぼ2失点はしているという惨憺たる有り様でした。
守備の改善が喫緊の課題だった松江シティは約1ヵ月の中断期間中にヴィアティン三重から加藤秀典を獲得。さらに今季松江シティから広島県リーグ2部の福山SCC(現福山シティFC)へ移籍していた下村尚文を呼び戻し、CBの補強を図ります。
またシステムも3バックに変更し、中断明けの第18節FC今治戦からは下村・加藤・筒井と3枚のCBを基本としながら、辻川裕介がバックアップとして控える布陣となりました。
3バックへのシステム変更により第26節奈良クラブ戦までの1試合平均失点は1に減り、平均2失点近くしていた中断前に比べて明らかに守備面での改善は図れました。しかしながら第27節ヴェルスパ大分戦で5失点するなど、第27〜29節3試合の合計失点は実に9と、再び守備が崩壊してしまったのは2020シーズンに向けての不安材料と言えるでしょう。
2020年、実信憲明新監督がどういうシステムを採用するのかはまだわかりませんが、いずれにしても守備の安定は松江シティが引き続き解決に取り組まなければならない問題です。今季悩まされたセットプレーからの失点も減らさなければなりません。
実信監督がどのように守備課題の改善に取り組んで行くのか、注目して見ていきたいと思います。
MF編 3バック時の両WBの起用に苦心
夏の中断期間を境に4バックから3バックにシステムを変更した松江シティですが、スタートの布陣でボランチを2枚置くのは変わりませんでした。
キャプテンの田平謙は今季不動のボランチとして第26節奈良クラブ戦を除く29試合にフルタイム出場。シーズン序盤はJFLの寄せの速さや球際の強さに圧倒され、ボールの出し所に悩んだりロストしたりする場面もありましたが、JFLの強度に慣れてからは気の利いたポジション取りでルーズボールを度々マイボールにしチームを攻守において助けました。松江シティでは替の効かない選手の一人だったと言えます。
一方で相方のボランチにはアルティスタ浅間から新加入の佐藤啓志郎が務めることが多かったのですが、佐藤が攻撃力を活かすためオフェンシブハーフ(OH)に配置された際には酒井将史が、また3バック時のウイングバック(WB)に佐藤が配置された際は磯江太勢がボランチを担うこともありました。
佐藤は非常に器用な選手なのでチーム事情から色々なポジションを任されていましたが、田平と組むボランチの位置が個人的には一番適任だったように思います。
OHは4バック時には西村光司・磯江・宮内寛斗の3枚が基本で、時に西村・宮内は2トップの一角として起用される場合もありました。宮内は毎試合スタートから縦横無尽にピッチを駆け回ってチームを助け、今季9得点とまさに大車輪の活躍でした。間違いなく2019シーズンのMVPと言って良いでしょう。
3バックにしてからは左右にWBを置きOHは2枚になります。中断期間にヴィアティン三重から獲得した馬場悠はWBからの起用でしたが、シーズン終盤はOHに配置され、卓越したドリブル突破で決定機を演出する攻撃的な役割に重きが置かれました。
左右WBについては最適解が見つからなかったのか、あるいはその時々で一番調子の良い選手を起用する方針だったのか、最後まで固定されることはありませんでした。2020シーズンも3バックを継続するのであれば、ここには不動のスペシャリストを配置する必要があります。移籍加入選手含め、このポジションを誰が務めるのかは非常に大きなキーポイントになるかと思われます。
FW編 序盤でエース長期離脱!最後は意外な人選
2018年、地域リーグで26得点10アシストと大爆発した酒井達磨。JFLでもその活躍が大いに期待されましたが、第4節テゲバジャーロ宮崎戦で左膝前十字靭帯を断裂。全治6〜8ヵ月の重傷と診断され長期戦線離脱となってしまいます。
以後ワントップには中井栞吏が一番手で起用され、左OHが主戦場の西村光司が試されることもありましたが、共にポストプレイヤータイプではないことからやがて宮内寛斗を前線に上げ、中井もしくは西村と2トップを組む形が基本となっていきます。
しかしながら田中孝司監督は、やはり2トップよりもワントップの方が選手たちはやり慣れていると判断したのか、あるいは3バックに布陣変更するにあたりワントップの方が守備リスクが低いと想定したのか、夏の中断明けとなる第18節FC今治戦では再びワントップに戻して来ました。
そしてワントップにはリーグ戦初出場となる吉井佑将がスタメンに抜擢されます。吉井はフィジカルも球際も強く、前線でボールをよく収めポストプレイヤーとして申し分のない働きをしました。何よりこの試合で監督の期待に応えてゴールを決めたことは、本人も大きな自信になったことと思います。その後吉井は第21節ホンダロック戦まで4試合連続でスタメン起用され、このままワントップとして定着するものと思われました。しかしながら吉井は第22節鈴鹿アンリミテッド戦で中井にスタメンを譲ることになります。
さらにそこから3週間の中断後、第23節テゲバジャーロ宮崎戦でのスタメン発表時、ワントップに記された選手の名前を見て誰もが驚いたはずです。それはDFの多木理音でした。
多木は前所属のラインメール青森ではFW登録だったということですから、ワントップでの起用も強ち奇策とまでは言えませんが、それにしても田中監督のこの思い切りの良いコンバートには大いに驚かされました。
多木は始めの方こそFWとしてぎこちなさを感じましたが試合を重ねるごとにターゲットマンとしての存在感が増していき、第26節奈良クラブ戦で初ゴール。第29節青森戦では古巣への恩返し弾を決め、最終節までの8試合で2得点とワントップとしてまずまずの活躍を見せてくれました。
シーズン早々に酒井達磨が離脱してから松江シティはFWの軸を誰にするのか終盤までなかなか定まりませんでした。最終的にDFとして迎えた多木がFWの軸になるというのは全く予想だにしなかった事です。
2020シーズンのFW陣は捲土重来を期す酒井達磨が大活躍をしてくれるのか、あるいは中井や新たに獲得した新戦力FWがブレイクするのか。いずれにしても総得点がリーグワーストの26点という不名誉な結果の繰り返しだけはしてはならない2020年の松江シティです。
2020シーズンに向けての課題
開幕当初の松江シティはポゼッションを重視し、どんな相手であっても引かずに攻撃的に戦うという地域リーグ時代のサッカーを貫いていました。
しかしながらJFLクラブの堅い守備の前では自慢の攻撃も不発でなかなかゴールを奪えず、逆に一瞬のスキから失点して勝ち点を落とすという試合を何度も繰り返し続けてしまったのです。
中断明けの8月からは理想を捨てて守備重視の3バックにシステムを変更し、泥臭く勝ち点1でも積み上げるという現実路線への転換を図ったわけですが、当然ながらかつてのような攻撃力は鳴りを潜め、見ている側にとってはかなりストレスの溜まる後半戦になってしまいました。
2019シーズンの松江シティを総括すると前半戦は攻撃偏重、後半戦は守備偏重だったと言えます。
2020シーズンは攻守のバランスをいかに保つか。
JFLを1年体感したことでクラブとしての経験値も上がり、攻守のさじ加減も選手・スタッフにとって未知のものではなくなっています。この課題を克服することは決して難しくないものと信じています。
新シーズンもまた残留争いに巻き込まれてしまう可能性も十分にあります。しかし2019年のような土壇場での残留ではなく、シーズン終了まで残り数試合ある段階での余裕を持った残留を是非とも果たして欲しいですね。